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「……よし、できた」


 深夜二時過ぎ。僕はぐぐぐ、と伸びをして凝り固まった筋肉をほぐした。デスクトップのパソコンに映し出されているのは、この一週間徹夜して作り上げた僕のホームページだ……さすがに疲れた。
 探偵事務所を開業するにあたって、ホームページがあったほうがいい、ということを伯父から聞いたのは数週間前のこと。今の時代、直接事務所に飛び込んで相談をする依頼者なんて、ほとんどいないらしい。こうやってホームページを作って、インターネットで活動記録なんかをアピールして顧客の信用度を稼ぐのも大事なんだぞ、というありがたいアドバイスを受けて、こうして作成に励んでみたけれど……。
「なかなかいい出来だな」
 シックな黒い背景に、目立つような大きなタイトル。その下には僕の写真を掲載してみた。顔が見えるのは信頼関係において大切なことらしいから、少し恥ずかしいけれど我慢しよう。
 あとはちょっとした自己紹介と、どれくらいの人が訪れたのか一目でわかるカウンターを取り入れた。自画自賛かもしれないけれど、うん、なかなかいいんじゃないかな。
 そして。
「このENTERボタンも格好いいな……」
 なにせ、マウスを乗せると光るんだ。……ずらす、乗せる、ずらす、乗せる。自分でも何度も試してしまう。それから上から下まで何度も何度もスクロールして、サイトの出来を確かめて誇らしい気分になった。
 作成にあたって、僕にしては夜更かしする生活を続けてしまったけれど、これだけ素晴らしいものができたんだ……よく頑張ったほうだろう。
 ボタンを押せば、連絡先と詳しい依頼方法のページに飛ぶ。さあ、あとは公開しよう。震える手で、慎重にクリックをする――押した。ああ、押してしまった。これで、僕のホームページが全世界へと公開されたんだ。すごいぞ、インターネットって、すごいんだな。
 なんだろう、眠いのに、疲れているのに胸が高鳴って仕方がない。明日、このカウンターがどれだけ回っているのか確認するのが楽しみだ……そうだ、みんなにも教えてみよう。百田くんはきっと、すげーな終一、これなら宇宙に轟くぜと親指を立ててくれるだろうし、入間さんやキーボくんだって、僕のパソコンの腕に感嘆の息をもらすかもしれない。アンジーさんはホームページのデザインに感心してくれるだろうし、赤松さんは、最原くん、がんばったねって……。
 ふわ、とあくびを噛み殺して、パソコンをシャットダウンしてからベッドにもぐりこむ。……ああ、たのしみだな。寝ている間にもきっと、困っている誰かの目に留まるんだろう。世界中に向けて情報を発信してるんだもんな、ああ、インターネット、すごい時代だ……。
 ふわふわした気分のまま、目を閉じればあっという間に眠りの海へと落ちていった。

 *

 

「……なんだ、これ」
 翌朝、いつもだったら何度目かのスヌーズ機能によって渋々目を覚ます僕だけど、設定時刻よりも先に目を覚ましてパソコンをつけた。ワクワクした気分で自分のホームページを開いて――愕然とする。

 DICE。

 そう書かれたトップページ。戻るボタンをクリックして、自分のサイトに戻る。……そして、あの格好いい、マウスを乗せると光るENTERボタンを押してみる。
 DICE。
 戻る。もう一度試す。
 DICE。
 ……エンドレスDICE。
 震える手でスマートフォンを掴む。電話帳から呼び出したのはこの事件の犯人――王馬くんだった。数回のコール音のあと、むにゃむにゃ、とあざとい寝ぼけた声で応答があった。……この嘘つきめ、どうせもっと早くから起きてるんだろう。
『ふぁー……なーに最原ちゃん、朝からオレの声が聞きたくなっちゃったの?』 
「どういうことだよ!」
『は?』
「なんで僕のホームぺージが、キミの組織のページに変わってるんだよ! しかもなんだよこれ、活動内容『ダサいホームページのリフォーム』って!」
『……ねえ、最原ちゃん、真面目な質問なんだけどさ』
「……なに?」
『自分のセンスがイケてると思ってんの? オレはね、最原ちゃんがあ~んな古臭いサイトを公開して世間一般に笑われないように守ってあげたんだよ……それなのに朝から怒鳴りつけるとか、こ、恋人にすることじゃないよね……う、うぇええええああああん酷いよぉおおおお!』
「うるさいな! それも嘘だろ!」
『いや嘘じゃないんだよ、ホントだよ』
「もういい、王馬くんなんて知らない!」
 怒りに任せて通話を切る。酷いよ王馬くん、僕があのサイトを作るのにどれだけの手間と時間をかけたと思ってるんだ。この一週間徹夜したんだぞ、眠い目をこすりながら一生懸命やったのに……トップページだけ残しておいてくれたのは彼のせめてもの慈悲なのか。
 ……そう、かもしれない。
王馬くんはなんだかんだ、そういう優しいところがあるから。
 そう考えると、途端に冷静になってくる。……王馬くんは僕の恋人だ。それなのにこの一週間、ホームページ作りのためにほとんど連絡を返さなかった僕が悪いのかもしれない。
 ――もしかして。彼は僕に、構って欲しかったんだろうか……。
「……怒鳴っちゃって、悪かったかな」
 酷い悪戯だ。ああ、本当に酷いやつだよ、それが王馬くんなんだ。
 ――だけど、まだ誰にも言っていないのに、王馬くんは僕のホームページを見つけてくれた。
 普段はそんなそぶり見せないくせに……こうしてたまに、気まぐれのように。キミからのささいな執着が、恋人としての特権なんだと気付いて。
 DICE、と表示される液晶を、そうっと撫でる。ごろりと横になって、不敵な表情を浮かべるキミの写真。転がった仮面。夜の闇を切り取ったみたいな、悪の総統のマントをふわりと纏ったキミ。……どこか憎めない、イタズラを思いついた子供のような表情はまさに子供みたいなんだけど、ふとした時に見せる底知れないキミの世界が、僕の心をとらえて離さない。……なんて、本人に言ってやるつもりはないんだけど。
 画面に表示された、彼の組織の軌跡を見て、思わず微笑みが零れていた。
 ……もう、なんだよ、この活動記録。

「僕のプリン食べたの、キミだったんだね」

 ところで、この画像はどうやったら保存できるんだろう? ぜひとも保存させてほしい。
 悪の総統の格好をして、僕に向けてのメッセージを掲げるキミの表情。不敵なのに、どこか甘い気がするのは、勘違いじゃないと思いたい。

 *

 

 ――深夜、某ビルの一室。DICE53番目のアジトにて。

「総統、なにしてるんです?」
「恋人の名誉を守ってんだよ」
「……へえ?」
「現在進行形でねー。今ちょっと真面目モードなんだよね」
 隣に寄ってきた部下にそう答えながら、オレはマウスを操作する。あーあ、まったく、こんなだっさいサイトあげちゃって! きっとどっかで祭りになってるよね。
 ……だからオレは、秘密結社であるDICEの活動報告サイトなんかを作ってみたわけだけど。
 それにしてもこのトップページはないよね。しかもなんだよこのドメイン。ローマ字ってなんなんだよ。笑えるけど笑えないよ。
 部下の袖を引っ張って、ディスプレイを見せる。
「ね、見てよこれ。マウス乗せると光るんだよ」
「おお、光る」
「ほら、ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ。だっせえ」
「なんというか、昔を思い出させますね」
「そうなんだよね! しかもこの、ようこそって見てよ――ここだけフォント違うんだよ、ありえないよね。なんでこんなバラバラなの? 音符マーク使ってきやがったのがホントにダサいよねえ、悲しいことに嘘じゃないよ!」
「……しかし総統も人が悪い、乗っ取るならこのページごとすればいいのに」
「にしし、そしたらつまんないじゃん」
「結局彼にちょっかいをかけたかっただけですか。よかったですね、電話がきて」
「まーね」
 なんて笑いながら、オレは『最原探偵事務所のホームページ』と書かれたサイトをもう一度眺める。……一生懸命作ったんだろうな、わかるよ。とてつもなくダサいけど、指さして笑いたいほどみっともないけど、それでも……あの最原ちゃんが頑張ったんだろうなって思うと……。
 それにさあ、この画像。トップページに写真だよ、自分の写真。
 ねえねえ、やばくない? 今の時代、自分の顔なんて無防備に載せてるのはどうかと思うけど(オレはいいんだよ、悪の総統だし)目線はズレてるし、あの帽子被ってるし、顔がよく見えない。全然かっこよくないし、信用を稼ぐもくそもないでしょ。

 ……でも、この写真は、オレと二人でデートに行ったときの写真だ。

 帰り道、最原ちゃんから手をつないでくれた時の写真。ぎこちなく伸ばされた、汗ばんだ左手のぬくもりを覚えている。そして、なんとあのAB型は、突然道行く人にスマホを渡して写真撮影をお願いしたんだ。観光地でもないのに、その行動があまりにも意味不明でぽかんとしていたら、今日の記念にって、はにかんだ最原ちゃんを覚えている。
 キミと過ごした一日を、忘れたくないんだって、普段は口下手な根暗童貞の最原ちゃんが、ふわって微笑んだんだよ。太陽の光が、さらさらつやつやの髪の毛に反射して、その表情があんまりにも――……。

 ――そりゃ、反則ってやつだよ。

 オレも嬉しくなって、最原ちゃんの肩に顔を寄せたんだ。髪の毛がくすぐったいよ、なんて言われて、余計にうりうりって擦りつけてやったんだっけ……あー! 我ながらつまらない思い出だよ!
 最原ちゃんはさ。パソコンなんてろくに使えないのに、頑張ってトリミングしてその写真を使ってくれたんだろうけど、端っこにオレの頭が写り込んじゃってるよ。この紫のぴょんぴょんってさ、うん、どう見てもオレじゃん。目も、手も、見る人がみたらわかるじゃん。あの根暗陰気童貞探偵の最原ちゃんって、肖像権って言葉を知ってんだろうか。ちなみに、オレ自身で載せたオレの画像は、あれを持って帰るとデスクトップが『僕はえっちなサイトに行きました』に変わる愉快なプログラムつきなんだけどね。

 ……でも、でもさ。あのね?

 ――オレとの写真を、自分の大切な探偵事務所のサイトに使ってくれたんだ。

 そう思ったら、丸ごとは消すわけにいかないよね。うんうん、その通りだよ!
 最原ちゃんは王馬小吉のものだって、全世界にアピールできるしね!

 

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